都和公民館令和7年度後期講座 ふるさとの道を歩く15 『一色家住宅(武家屋敷)への道』を催行!
令和7年10月31日に予定通り決行した!
<コース>
都和地区公民館 → 合同庁舎(トイレ休憩) → 一色家住宅 → 愛宕神社・真延寺 → 合同庁舎(トイレ休憩)→ 鉄砲塚 → 都和公民館
<見どころ>
① 真鍋小学校のはじまりの寺 長松院 明治10年(1877) 熊野山万福寺長松院を改築して開校。 明治40年(1907) 現在の小学校の場所に新校舎を建設。
② 一色家住宅 幕末文久3年(1863)に常名の新廓に建てられた武家住宅である西川右近宅が西真鍋に移築された。この建物は、土浦の武家住宅の稀有な事例で、江戸末期幕末の面影を残している。また、ここを居宅とした「一色範疇」の伝記(武勇伝)を自作のイラストと共に語った。最後に北側の遠州流庭園を鑑賞。三尊石がアクセントになった美しい庭。
③ 西真鍋の愛宕神社と真延寺 急な坂道を上って、かつて真鍋公園(総宜園)があった台地の上に出た。西真鍋の愛宕神社には、かつて霞ヶ浦を運行する船の安全のために灯台の代わりとしての御神燈があったことが記された石碑がある。真延寺は常陸七福神の一つ。ここには七体全てが揃う。また、正岡子規が水戸へ向かう旅の途中に土浦に立ち寄って詠んだ句碑もある。
④ 鉄砲塚 文久3年に江戸詰の土浦藩士が帰藩するために、常名に新廓(大規模な住宅地)を造成した。その時に砲術訓練ために鉄砲塚と調練場も造った。激動の幕末に藩士たちは砲術の訓練の重要性を思い知る出来事があった。元々土浦藩は関流砲術を鍛錬していた。大筒「谷神」や「抜山銃」の説明をし、ここで土浦藩士として大事な砲術の鍛錬を行う武士の様子を想像した。 |